120年前の平穏 - 時代を映す名曲 稀代のバイオリン奏者が奏でる名品の音色
ヤン クベリークのSPレコード
ツィゴイネルワイゼン Zingaresca & スペイン舞曲 Zapateado … サラサーテ Sarasate
チェコを代表するバイオリン奏者 ヤン クベリーク。
世界ツアーを行った20歳前後の頃には、既にその実力は世界中に知れ渡っていました。
クベリークが21歳となった1901年。この時、同年代を生きた伝説のバイオリン奏者と言えば、晩年のサラサーテ 57歳、13歳でデビューしたクライスラー 26歳、ハイフェッツはまだ生まれたての 0歳でした。
そして21歳になったばかりの若きクベリークは、1678年製ストラディバリウスを所有して全盛期を迎えていきます。
1902年に英国のロイヤル フィルハーモニック協会の金賞を受賞 (当時はロンドンフィルハーモニー)。20歳を迎えた1900年にコンサートで出会ったハンガリー首相の姪 マリアンヌと1903年に結婚し、1713年製ストラディバリウスを購入。1904年にはプラハ郊外のビーホリ城に入居。1908年にロイヤル フィルハーモニック協会の名誉会員に選出。1910年には1715年製ストラディバリウスEmperorを購入します。そして1914年、後に世界的な指揮者となる長男ラファエル クベリークを授かりました。
このように若くして名声を得た全盛の時代に録音した蓄音機レコードが、ツィゴイネルワイゼン (ツィンガレスカZingaresca)とスペイン舞曲 作品23-2 (Zapateado - Danza spagnola, Op.23-2)。悪魔的な演奏技術で知られるパブロ デ サラサーテが1878から1879年に作曲した超絶技術が求められる情熱的ながらも情感に溢れた曲です。
そしてこれらの名曲が作曲された時代は、何れも正にクベリークが生まれた1880年の僅か1~2年前。当時の時代を映し出す象徴的な作品です。
クベリークが生まれ、音楽を学んだ1880年から1918年。クベリークの故郷プラハは、オーストリア=ハンガリー帝国の主要な都市でした。
しかし、そんな安定した環境は、長男のラファエルが生まれる前日の1918年6月28日に起きたサラエボ事件で変貌します。
この事件の翌月の1918年7月28日には第一次世界大戦が勃発。1918年にはオーストリア=ハンガリー帝国は崩壊。プラハがチェコスロバキアの首都になりますが、やがてナチスドイツに占領されると、ヤン クベリークは故国の独立や再び訪れる建国の時を待つことなく、1940年12月5日にプラハで生涯を終えるのです。
レコードジャケット …金賞受賞の称号を添えた自署
イタリアのフォノティピア社とレコード発売の契約をしたヤン クベリーク。1905年5月にはレコード録音を開始しています。
そして1905年6月3日。レコードジャケットに添付するクベリークの写真に自署を残しています。
フォノティピア合資会社の制作監督 ミカエリス氏に捧ぐ
受賞栄誉者のヤン クベリーク
パリにて 1905年6月3日
À Mr. A. Michaelis
Directeur di la Societa Italiana di Fonotipia
Lauréat de Jan Kubelik
Paris 3. Juin 1905
この自署は、2つの点でなんとも興味深い内容です。
先ず、1904年10月に設立したばかりの新しいレコード会社 フォノティピアの創設者 アルフレッド ミカエリス氏に対して敬意を示しています。記述したのは創設の僅か8か月後の1905年6月3日でした。
そして2つ目に、自署したクベリークの名前の前に “受賞者の”と書き添えています。これは、1902年に受賞した “ロイヤル フィルハーモニー協会金賞”のことと思われます。音楽界で世界的にも権威ある賞で、さらに1908年には “ロイヤル フィルハーモニー協会名誉会員”の称号も得ています。


ツィゴイネルワイゼン (ツィンガレスカ) Zigeunerweisen (Zingaresca)
このレコードラベルにはヤン クベリークの自署が記されています。
フォノティピア社の蓄音機レコードに特徴的で、当時にレコードを購入したファンを魅了するサービスだったと想像します。フォノティピア社のマーケティングへの工夫が感じられます。
この蓄音機レコードは、1911年5月30日にミラノで録音した作品で、恐らく1910年に購入したばかりの1715年製ストラディバリウスEmperorで演奏した作品と思われます。
1908年9月20日に作曲者のパブロ デ サラサーテが亡くなった僅か2年半後。その衝動が残る当時の生の振動を、ゼンマイの音から感じてください。
ヤン クベリークの自署が記された蓄音機レコード ラベルの画像

スペイン舞曲 作品23-2 Spanish dance (サパテアード Zapateado - Danza spagnola, Op.23-2)
このレコードラベルにはヤン クベリークの自署が記されています。
フォノティピア社の蓄音機レコードに特徴的なサービスで、当時にレコードを購入したファンにとって嬉しかったことでしょう。
1911年3月11日にミラノで録音した作品で、恐らく1910年に購入したばかりの1715年製ストラディバリウスEmperorで演奏したと思われます。
1908年9月20日に作曲者のパブロ デ サラサーテが亡くなった僅か2年半後。その衝動が残る当時の生の振動を、ゼンマイの音から感じてください。
ヤン クベリークの自署が記された蓄音機レコード ラベルの画像

経緯
- 1844.3.10 パブロ デ サラサーテがスペイン北部バスク地方のパンプローナで生まれる
- 1877.12-1881.10 サラサーテ: スペイン舞曲集 (全4集)を作曲 (作品21 Malagueña/Habanera 作品22 Romanza andaluza/Jota navarra 作品23 Playera/Zapateado 作品26 Vito/Habanera)
- 1878 サラサーテ: ツィゴイネルワイゼン作品20 (ジプシーのアリアAires gitanos)を作曲
- 1880.3.1 マリアンヌ ツァキー=セルが生まれる
- 1880.7.5 ヤン クベリークがオーストリア=ハンガリー帝国のミフレ (現チェコのプラハ)で生まれる
- 1898 プラハ音楽院で卒業コンサート。パガニーニのバイオリン協奏曲で喝采
- 1899.2.26 カルマン セル Kálmán Széllがハンガリー首相に就任
- 1900.8.24 ヴァーシャ プシホダVáša Příhodaがチェコのヴォドニャニ (南ボヘミア州)で生まれる
- 1900 クベリーク: ハンガリーのデブレツェンでのコンサートでマリアンヌと出会う
- 1901-1908 クベリーク: 1687製ストラディバリウス (現愛称Kubelik, Bertier)を保有
- 1901.2.2 ヤッシャ ハイフェッツが現リトアニアのヴィリニュスで生まれる
- 1902 クベリーク: ロイヤルフィルハーモニック協会の金賞を受賞
- 1903 クベリーク: ハンガリー首相の姪 マリアンヌ ツァキー=セルと結婚
- 1903.6.27 カルマン セルがハンガリー首相を退任
- 1903-1911 クベリーク: 1713年製ストラディバリウス (現愛称Sancy, Kubelik)を保有
- 1904.10 アルフレッド ミカエリスがミラノにフォノトピア社 Societa italiana di Fonotipiaを設立
- 1904.11-1904.12.1 サラサーテ: ツィゴイネルワイゼン Aires gitanos, ハバネラ Habanera, タランテラ Tarantelle, ミラマール Miramar, バスク奇想曲 Caprice basqueをパリで録音
- 1904 クベリーク: プラハ郊外のビーホリ城を購入。1916年まで居住
- 1905.5 クベリークがミラノのフォノティピア社で初の録音
- 1905.6.3 クベリークがパリでレコードカバー用に金賞受賞者の称号を添えて自署 (Zingaresca & Zapateado)。フォノティピア創設者のミカエリスに謹呈。
- 1907.2.1 クベリークがツィゴイネルワイゼン (ツィンガレスカZingaresca)をミラノで録音
- 1908 クベリークがロイヤルフィルハーモニック協会の名誉会員に選出
- 1908.9.20 パブロ デ サラサーテがフランス南西部のバスク地方のビアリッツで逝去
- 1910 クベリーク: 1715年製ストラディバリウス Emperorを購入 (他にガルネリを保有)。1996年までクベリーク家が保有。
- 1910.3.7-4.10 クベリークがスペイン舞曲 作品23-2 (Zapateado - Danza spagnola, Op.23-2)をミラノで録音
- 1911.3.1 クベリークがスペイン舞曲 作品23-2 (Zapateado - Danza spagnola, Op.23-2)をミラノで録音
- 1911.5.30 クベリークがツィゴイネルワイゼン (ツィンガレスカZingaresca)をミラノで録音
- 1914.6.28 第一次世界大戦の引き金となるサラエボ事件が勃発
- 1914.6.29 第六子で長男のラフェエル クベリークがハンガリーのボヘミア (現チェコのビーホリ)で生まれる。国際的に著名な指揮者。
- 1914.7.28 第一次世界大戦の開戦
- 1918.10.28 チェコスロバキアがオーストリア=ハンガリー帝国から独立
- 1921.7.26 ハンガリーの戦争が終結
- 1939.9.1-1945.5.10 ナチスドイツによるチェコスロバキアの占領
- 1940.5.11 クベリーク: プラハ郊外の街ネベクロフでの最期のコンサート
- 1940.12.5 ヤン クベリークがプラハで逝去
- 1940 マリアンヌ クベリークが逝去
- 1960.7.27 ヴァーシャ プシホダがウィーンで逝去
- 1987.12.10 ヤッシャ ハイフェッツがロサンゼルスで逝去
- 1993.1.1 チェコ共和国が成立
- 1996.8.11 ラファエル クベリークがスイスのルツェルンで逝去


