機関車オタクの作曲家…ドボルザークの少年期に想いを寄せて 富山の市電を添えて
クライスラーのバイオリン編曲 & 演奏 “スラブ舞曲 第10番 Slovanic Dance Nr 10”を添えて
スラブ舞曲 第10番 Slovanic Dance Nr 10…クライスラー Fritz Kreisler
機関車オタクのドボルザーク Dvorak as a trainspotter
ドボルザークは機関車オタクだったと言われています。ドボルザークの少年時代を考えれば、何も不思議ではありません。
ドボルザークがプラハ郊外の小さな街ネラホゼベスNelahozeves (Nalžoves)で生まれたのは1841年9月8日。彼が生まれた家は、ブルタバ川の畔にある聖アンドレエス教会 Ondřejeの正面にありました。
モルダウ川のチェコ名がブルタバ川 Vltava。チェコを象徴する川です。ネラホゼベスからブルタバ川沿いを40kmほど南に行けばプラハに辿り着きます。
北部鉄道 Nordbahnが、ウィーンからチェコ方面に鉄道を建設し始めたのは1839年。ドボルザークが生まれた時には、未だプラハには鉄道は来ていませんでした。
1845年8月20日。遂に蒸気機関車がプラハに初めて到着します。翌月にはドボルザークが4歳の誕生日を迎える頃のことです。
当時からすれば、ドボルザークの街からプラハまでは、とても近いとは言えません。4歳の子供が、蒸気機関車がいったいどんなものかを想像することすらできなかったことでしょう。ましてや、プラハまで蒸気機関車を見に連れて行ってもらえたとは思えません。
ところが、ドボルザークが8歳になった1850年6月1日。遂にドボルザークが住む街ネラホゼベスに鉄道が開通します。建設された線路は、なんとドボルザーク少年の家の真ん前。聖アンドレエス教会の裏を通って行くのでした。
プラハからの鉄道は、ブルタバ川に沿って走り、聖アンドレエス教会の裏を通ってネラホゼベス駅まで続いています。鉄道の建設工事の様子を、ドボルザーク少年は家の窓から、教会から、川沿いの道から、そしてすぐ近くにある丘の上の城跡から、毎日のように眺めていたのではないでしょうか。
そして遂に、蒸気機関車が、家の前を通過してネラホゼベス駅に到着した時のことを想像すると、ドボルザーク少年に限らず、誰もが感動に打ち震えたことでしょう。
ブルタバ川の川面の輝き、木々を抜ける風、教会の白い壁。いつも通りの静かな情景の中、切り裂くように汽笛が響いたかと思うと、やがて見たこともないような重厚な蒸気機関車が突如として姿を現します。
ドボルザークは音楽の道に進んでからというもの、しょっちゅう鉄道でウィーンまで出かけたそうです。
ディズニーが世界で初めて音声付きのアニメーション映画を発表したのは、ドボルザークがこの世を去った1904年から24年後のことでした。その第1作は、有名な “蒸気船ウィリー Steamboat Willie”ですが、それと並んで有名な作品が、シリーズ第11作の “ミッキーの汽車旅行 Mickey’s Choo-Choo”です。この作品では、ミニーのバイオリン演奏に合わせて、ミッキーが踊りながら駅にある道具を使って演奏して見せます。
この場面で演奏している曲が、ドボルザークが作曲した “ユーモレスク Humoresque”でした。鉄道好きのドボルザークが表現した感性に、ミッキーとミニーは、蒸気機関車のイメージを感じ取っていたのでしょう。
そして、このサムネは富山地方鉄道富山軌道線。またの名を富山地鉄市内電車。プラハに代表されるヨーロッパの街並みを思わせるような路面電車の情景に魅せられて、つい撮ってしまった一枚です。

ドボルザーク作曲 クライスラー編曲: スラブ舞曲 第10番 Dvorak's Slovanic dance No. 10 for violin
アントニン ドボルザークが “スラブ舞曲”を作曲したのは1878年。同じ年の1878年12月15日にベルリンの新聞 が、この “スラブ舞曲”を絶賛して国際的な名声を得るきっかけになりました。
クライスラーがドボルザークの “スラブ舞曲”をバイオリン演奏に編曲して録音したのは、1928年3月24日。ドボルザークが賞賛を得てからちょうど50年後のことでした。
クライスラーが奏でるバイオリンの独特で切ないメロディーを、生の振動でゼンマイの音からお楽しみください。
経緯
- 1837 フェルディナント皇帝北部鉄道 Kaiser Ferdinands-Nordbahnを設立
- 1839.6.6 北部鉄道 Nordbahn: 蒸気機関車が初めてウィーンからチェコのブルジェツラフに到着
- 1841.9.8 ドボルザークがプラハ近郊の街ネラホゼベスで生まれる
- 1841.10 北部鉄道: オロモウツまで延伸。以降、北のポーランド方面 (ボフミーン)への延伸工事と西のドレスデン方面 (プラハ経由)への延伸工事が進む
- 1842.8.3 北部鉄道: オロモウツ-プラハ間の工事を申請
- 1842.9.4 北部鉄道: オロモウツ-プラハ間の工事着工
- 1845.8.20 北部鉄道: オーストリアからプラハまで延伸。蒸気機関車が初めてプラハに到着。
- 1845.9.1 北部鉄道: プラハ マサリク駅として初開業
- 1848.3.11 プラハで革命運動が蜂起。鉄道建設が遅延
- 1850.6.1 北部鉄道: プラハからネラホゼベスを経てロボシツェまで延伸。ドボルザーク (当時8歳)の居住地に初めて鉄道が開通。ドボルザークの家の向かい、聖アンドリュー教会の横にネラホゼベス駅が完成。
- 1875.9.23 プラハで馬車鉄道が開通
- 1878 ドボルザーク: スラブ舞曲 第1~8番 (第1集 作品46) を作曲
- 1878.12.15 ベルリン紙の “スラブ舞曲”を絶賛する記事で国際的な評価
- 1886.7 ドボルザーク: スラブ舞曲 第9~16番 (第2集 作品72) を作曲
- 1891.7.18 プラハのレトナーで路面電車 (トラム)が初めて開業
- 1892.9.27 ドボルザーク: ニューヨークに居住
- 1893.5.24 交響曲第9番ホ短調作品95 “新世界より”が完成
- 1895.4.27 ドボルザーク: プラハ郊外の街、ビソカ ウ プジブラーメ Vysoká u Příbraměに帰国
- 1898.6.2 プラハの地下鉄建設を申請
- 1898.7.1 プラハの馬車鉄道が電化
- 1904.5.1 ドボルザークがプラハで逝去
- 1905.5.12 プラハ馬車鉄道の最終乗車セレモニー
- 1913.9.1 富山市内に軌道路面電鉄 “富山地方鉄道富山軌道線”が開業
- 1918.10 チェコスロバキアの独立
- 1920.7.1 富山軌道線が市に譲渡されて富山市営軌道に
- 1928.3.24 ニューヨークでクライスラーがドボルザークのスラブ舞曲 第10番 (第2集の第2番ホ短調)をバイオリンに編曲し録音
- 1928.11.18 ディズニーが音声付アニメ映画シリーズを上映開始。第1作 “蒸気船ウィリーSteamboat Willie”。この日がミッキーとミニーの誕生日になった。
- 1929.9.26 ディズニーが音声付アニメ映画 ”ミッキーの汽車旅行Mickey’s Choo Choo” (第11作)を公開。ドボルザークの “ユーモレスク Humoresque (編曲クライスラー)”をミニーがバイオリン演奏してミッキーがダンスを披露する場面が有名。


