演奏する喜び 聴く感動 …時代の移ろいに想いを寄せて トリーア大聖堂前広場を添えて
クライスラーのバイオリン演奏 “ユーモレスク Humoresque”を添えて
ユーモレスク Humoresque …クライスラー Fritz Kreisler
サムネはドイツの西端、ルクセンブルクとの国境にある歴史深い街トリーア。
フランクフルト国際空港の程近くにある、ヘッセン州の州都Wiesbaden ヴィースバーデンから西に160km。川沿いを避けて車で走ればトリーアへは最短で辿りつきます。
それでも選んだのはコブレンツを経由する遠回りのルート。
コブレンツまではライン川に沿って北に走り、さらにコブレンツからモーゼル川に沿って西に向かうルートです。
100km以上は余計に走るルートですが、途中の街や風景は、わざわざ遠回りする価値があります。
そうして辿り着いたトリーアの街。ライン川やモーゼル川のネームバリューに比べると、あまり知られていない街なのかも知れません。
しかし侮るなかれ、トリーアは、紀元前1世紀にローマ帝国が建設したドイツで一番古い街。トリーア大聖堂を含む建造物は、ローマ遺跡群として、世界遺産に指定されています。
サムネはトリーア大聖堂の前の広場 Domfreihof。サムネから外れた右側には大聖堂と聖母教会があるのですが、雨に輝く石畳と、ドイツらしい建物と、そしていかにもドイツらしいポラード仕立てのプラタナス並木に魅せられて、ついつい撮影した一枚です。
2005年から2013年までローマ教皇を務めていたベネディクト16世は、ミュンヘン-フライジンク大司教区のご出身ですが、ドイツ人で唯一のローマ教皇を務めた名誉教皇ということで、トリーア大司教区に属するトリーア大聖堂でも様々なグッズが販売されています。
ローマ時代の建造物が多く残り、ローマ時代の文化が薫る街トリーア。
かつては城壁を成した黒い門ポルタ ニグラ。ローマ浴場跡バルバラ テルメン。そしてローマ橋。ローマ帝国が残したのは、何も建造物だけではありません。
モーゼル川添いの一帯は、ドイツワインの発祥地。ドイツ特有のぶどうリースリングで醸造したワインは、すっきりと爽やかでフルーティ。ローマ時代を感じながら、トリーアでドイツワインを楽しむのも一興です。

ユーモレスク Humoresque ...奏でるは1715年製クライスラー Kreisler of 1715, played by Kreisler
フリッツクライスラーのバイオリン演奏で録音されたユーモレスク。この時、ニューヨークでは、ビクタートーキングマシーン社とグラモフォン社の両方に向けて2回録音されたようです。
ここで紹介するのはグラモフォン社のHis Master’s Voiceというレーベルです。
その録音が行われたのが1910年5月11日。この時代は勿論、電気を介せずに直接バイオリンの生の響きが、生の振動としてレコードの溝に刻み込まれていました。
当時、クライスラーが愛用していたバイオリンは、1715年製のストラディバリウス。現在、このバイオリンは、その愛称のクライスラー Kreislerで呼ばれています。
1914年には第一次世界大戦により、クライスラーは陸軍中尉として東部戦線に出征して音楽家としての道は閉ざされます。ユーモレスクを録音したのは、出征する直前のことでした。
クライスラーがウィーンフィルを追われ、ベルリンフィルに呼ばれたのが1899年。蓄音機レコードが普及し始めた頃の出来事です。
ゼンマイの音から当時の振動を感じてください。
経緯
- 1875.2.2 オーストリア ウィーン生まれ (21 グローセ シッフガッセ)
- 1882 ウィーン国立高等音楽院に7歳で例外規定により入学 (10歳で首席にて卒業)
- 1887 パリ音楽院を12歳で首席にて卒業 (10歳で入学)
- 1888.11.10 ニューヨークのスタインウェイ ホールで初演
- 1894.8.27 ドボルザーク:ユーモレスク小品集をボヘミアで作曲
- 1895 軍隊に入隊後、音楽活動に復帰するもウィーンフィルを追われる
- 1899 ベルリンフィルで成功
- 1901 ハリエット リースと出会う
- 1902 ニューヨークで結婚
- 1902.5.12 ロンドンデビュー
- 1904 クライスラー: ロイヤル フィルハーモニー協会の金賞を受賞
- 1904.5.1 アントニン ドボルザーク:プラハで逝去 (当時はオーストリア=ハンガリー帝国、62歳)
- 1905 "愛の喜び"、"愛の悲しみ"を作曲
- 1908-1909 クライスラー: 1726年製ストラディバリウス “現在の愛称Greville; Kreisler; Adams”を所有
- 1910.5.11 ユーモレスクをバイオリン編曲し録音
- 1911-1948 クライスラー: 1715年製ストラディバリウス “現在の愛称Kreisler”を所有
- 1914-1936 クライスラー: 1733年製ストラディバリウス “現在の愛称Huberman; Kreisler”を所有
- 1914 第一次大戦の東部戦線に出征。陸軍中尉
- 1916.5.29 「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」を作曲し録音。ビゼーの「アルルの女 第1組曲よりアダジェット」を編曲し録音
- 1918.11.11 第一次大戦が終結
- 1919 ニコライ リムスキー=コルサコフのオペラ "金鶏"から "太陽への賛歌"を編曲
- 1921 ラフマニノフが "愛の悲しみ"を編曲
- 1924-38 欧州 (独、仏)で音楽活動
- 1925 ラフマニノフが "愛の喜び"を編曲
- 1928-1945クライスラー: 1711年製ストラディバリウス “現在の愛称Earl of Plymouth; Kreisler”を所有
- 1928 シューベルト国際作曲コンクール開催 (コロンビア グラモフォン主催)
- 1928.3.24 ドボルザーク "スラブ舞曲 第2集 作品72”とリムスキー=コルサコフのオペラ "金鶏"から "太陽への賛歌"を編曲しニューヨークで録音
- 1928.9.15 ベルリンでグリックのソナタをラフマニノフとの共演で録音
- 1928.12.21 ニューヨークでシューベルト "バイオリンとピアノのためのソナタ"をラフマニノフとの共演で録音
- 1935.2.8 クライスラー編曲は、実は殆どがクライスラー自身の作曲と暴露される
- 1936-1945クライスラー: 1707年製ストラディバリウス “現在の愛称Kreisler”を所有
- 1938 故国オーストリアが独ナチスに併合されたため、フランス国籍を取得
- 1939 第二次大戦で欧州を離れてアメリカへ
- 1941 交通事故で重傷。視覚障害や記憶障害に
- 1950 引退
- 1962.1.29 ニューヨークで逝去

