101年前の母子愛 - イル トロバトーレから "我らの山へ" 数奇な運命を超えた愛情 牢獄でのデュエット
マルゲリーテ ダルバレス & ジュリオ クリミのSPレコード
ジュゼッペ ベルディのオペラ "イル トロバトーレ il trovatore" - 我らの山へ Ai nostri monti
囚われの身となったマンリーコとアズチェーナ。実の息子のように育ててくれたアズチェーナを慰めようと、楽しかった山奥での生活を思い出して二人でデュエットする場面です。
レオノーラとの関係を妬み、マンリーコを投獄したルーナ伯爵。レオノーラはマンリーコの釈放を求めてルーナ伯爵の求めに応じますが、それは単なる見せかけ。結局、死を選びます。
運命に生きることが 叶わないなら 運命で死んでも構わない
第一幕の “穏やかな夜 Ai nostri monti”で歌ったマンリーコへの純粋で熱い想い、そのままでした。
母 アズチェーナとマンリーコが牢獄の中で唄うデュエット。数奇な運命を超えて互いを思いやる母子愛をゼンマイの音から感じてください。
1921年4月、当時はまだ珍しかったデュエットでの録音。分かりやすいようにオリジナル訳を添えます。
我らの山へ Ai nostri monti ... 蓄音機のレコードで
アズチェーナ: メゾソプラノ ...マルゲリーテ ダルバレス
マンリーコ: テノール ...ジュリオ クルミ
オリジナルの和訳
アズチェーナ
私たちの山へ 帰りましょう あの平和な日々 楽しみましょう あなたが歌って リュートを奏で 穏やかな 眠りの中で 眠りたい
マンリーコ
休んでいて お母さん 僕が静かに 祈りを 天に 捧げるから
経緯
- 1884頃 マルゲリーテ ダルバレスが英国リバプール近郊のブートルで生まれる
- 1885.5.10 ジュリオ クリミがイタリアのシチリア島パテルノで生まれる
- 1907 ダルバレス: フランスのルーアンでデビュー
- 1909 ダルバレス: マンハッタン歌劇場でニューヨークデビュー
- 1910.4 クリミ: イタリアのパレルモでイル トロバトーレのマンリーコ役でデビュー
- 1911.11.13 ダルバレス: ロンドン歌劇場の開設に伴いロンドンデビュー
- 1916 エオリアン-ボカリオン レーベルが設立(米国1918.5-1921.8 英国1920-1922)
- 1918.7-1921 クリミ: イル トロバトーレをイタリア各地で公演 (マンリーコ役)
- 1919末 エオリアン-ボカリオン: 横溝型レコードの製造開始
- 1920.3 エオリアン-ボカリオン: 縦溝型レコードの製造停止
- 1920 ボカリオン レーベルに改名
- 1921.4 ジュゼッペ ベルディのイル トロバトーレから “我らの山へ”のデュエットを英国で録音 (ダルバレスとクリミ)
- 1924 ブランズウィックが、ボカリオン レーベルを買収
- 1927.12.31 クリミ: イタリアのジェノバ (カルロ フェリーチェ劇場)で最終公演
- 1939.10.29 ジュリオ クリミがローマで逝去
- 1953.10.18 マルゲリーテ ダルバレスがイタリアのアラッシオで逝去


