101年前の心の叫び - "のみの歌" ロシア革命に翻弄 偉大なバスの響き

シャリアピンのSPレコード

のみの歌 ... フョードル シャリアピン

メフィストフェレス のみの歌 Mephistopheles' song of the flea

“人間は努力する限り迷うもの”と考える神。誘惑の悪魔 メフィストフェレスは、ファウストを悪の道へと引き摺り込めるかについて神と賭けをします。

メフィストフェレスはファウストと、死後には悪魔に魂を服従させることを交換条件に、人生のあらゆる快楽や悲哀を体験させるという契約を交わします。

メフィストフェレスとファウストが初めにやってきたのはアウエルバッハという酒場。不味いワインしかない酒場ですが、宴席を盛り上げるためにメフィストフェレスが歌ったのが “のみの歌”。楽しませたところでメフィストフェレスが振る舞ったのは、魔法で出した美味しいワインでした。

しかし、うっかりこぼして爆発したことで、いかさまはバレてしまいます。

このファウストの世界観を当時のシャリアピンはどう感じていたことでしょう。

1917年に勃発したロシア革命。シャリアピンは反体制の疑いをかけられ、4年後の1921年に故国を離れて望まない亡命を強いられます。

その同じ年の1921年10月10日に録音したのが “のみの歌”。この時代に録音された生の振動から、シャリアピンの魂の叫びが響いてくるようです。

それから78年後の1999年。シャリアピンが歌う "のみの歌"は、グラミー賞の殿堂に入りました。

録音された当時の雰囲気を感じて欲しいから、歌われている歌詞のままにオリジナルで和訳してみました。ゼンマイの音からその振動を感じてください。

オリジナルの和訳

むかし むかし あるところ
王様 のみを 飼っていた
のみだよ のみだ
仲の良い 兄弟みたいに 彼女のように
のみだよ はぁ はっはっはっ はぁ
のみだ

仕立て屋の チャンピオン呼んで 言ったとさ
よく聞け おい でくの棒
この大切な 友達に
ベルベットの カフタンガウン 縫ってくれ
のみの カフタンガウン だと?
はぁ はっはっはっ はぁ
のみだと? はぁ はっはっはっ はぁ
カフタンだ
のみの カフタンガウン だと?

金の飾りに ベルベット
お城の中では 完全自由
お城の中には へぇへぇへぇへぇ
のみだ 
はぁ はっはっはっ はぁ
のみだ

のみが大臣 勲章も
仲間みんなも 出世コース
女王即位に 介添えも
何もしないで 生きるだけ

怖がるだけで 払いもせず
俺なら 全て 押しつぶす
はぁ はっはっはっ はぁ
歌詞の朗読 by ポポー "そらいろのたね"

経緯

  • 1749.8.28 ヨハン ボルフガング ゲーテが独フランクフルト アム マインで生まれる - 神聖ローマ帝国の時代
    • 1763 ゲーテがグレートヒェンに初恋 - ファウストのヒロイン名に
    • 1808 ゲーテ “ファウスト第一部”を発表
    • 1832.3.22 ヨハン ボルフガング ゲーテが独ワイマールで逝去 - ザクセン=ワイマール大公国の時代)
    • 1833 “ファウスト第二部”を発表
  • 1839.3.21 モデスト ムソルグスキーが露カレボ村で生まれる
  • 1873.2.13 フョードル シャリアピンが露カザンで生まれる
  • 1879 ムソルグスキーが “のみの歌”を作曲。ダリヤ レオノワに謹呈 - 歌詞はゲーテ “ファウスト”から “メフィストフェレスの歌”でアレクサンダー ストルゴフシコフによるロシア語訳
  • 1880.4-5 “のみの歌”をレオノワの演奏会で披露
  • 1881.3.28 モデスト ムソルグスキーが露サンクトペテルブルグで逝去
  • 1883 ニコライ リムスキー=コルサコフが”のみの歌”の楽譜を公表
  • 1894 シャリアピンがサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場に所属
  • 1896 シャリアピンがマモントフ劇場 (ソロドフニコフ劇場)に所属し生涯の友人となるセルゲイ ラフマニノフと出会う
  • 1899 シャリアピンがボリショイ劇場で地位を獲得
  • 1917 ロシア革命
  • 1921 反体制の疑いをかけられて亡命
  • 1921.10.10 シャリアピンが “のみの歌 Mephistopheles' song of the flea”を英国で録音
  • 1938.4.12 フョードル シャリアピンがパリで逝去
  • 1999 シャリアピンが歌う”のみの歌”がグラミー賞の殿堂入り

当時のジャケットカバーについて

ここで紹介したシャリアピンのレコード。

それを手に入れた時にレコードが入っていたジャケットカバーが面白い。
厚紙でできた紙製のカバーなのですが、これに印刷されているのは、当時のレコード屋さんのオリジナルのものです。
そこにはレコード屋さんの名前や住所が印刷されています。

ガフ&ディヴィーというお店で、ハルという町のサビル通り13
この場所、実はイギリスにあるキングストン市庁舎という歴史的建造物の住所なのです。
町の名前はキングストン アポン ハル。

調べてみると、ガフ&ディヴィーは、ピアノ屋さんとしてキングストン市庁舎の一角に今でもあります。この市庁舎は戦争で壊れましたが、修復されて今の姿を保っています。ガフ&ディヴィーもいろんな時代を乗り越えて続いてきたのでしょうね。

1921年10月10日に録音された、このレコード。まだまだ色々なことを語ってくれそうです。

SPレコードのジャケットカバー画像
レコード店 ガフ&ディビィ Gough & Davyのジャケットカバー

フョードル シャリアピンのSPレコード ... 蓄音機でもっと

オペラ "ファウスト"のSPレコード ... 蓄音機でもっと

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